編集者のおすすめ本 〈2013年12月〉

編集者のおすすめ本 〈2013年12月〉

 柏艪舎スタッフが、ジャンルを問わず最近読んだ『おすすめ本』をご紹介していきます。

山本光伸
株式会社柏艪舎 代表取締役
愛犬と散歩するのが趣味。歩きすぎて犬が逃げ出すことも…。好きな作家は丸山健二。若い頃は、太宰治の作品にかなり影響を受けた。

犯罪』
F・フォン・シーラッハ著 酒寄進一訳 (東京創元社)


 ドイツはベルリンで刑事事件弁護士として活躍する著者のノンフィクション・ノベル。処女作にしてクライスト賞、ベルリンの熊賞、今年の星賞の文学賞三冠に輝くという鳴り物入りで、2009年に出版された作品だ。ドイツでの発行部数四十五万部、世界三十二か国で翻訳というからものすごい。
 本書では、著者が実際に担当したと思われる十一の事件がフィクション仕立てで語られる。そのほとんどが異様な事件なのだが、読了感はきわめて爽やかだ。時にはほろりとさせられることすらある。
 それは何よりも、犯罪者に対する著者の理解力の深さにあるのだろう。それはつまり、人間という存在に対する愛情の深さであり、それがある種の哀しみの声となって読者に迫ってくるのだ。
 それにしても、全ての罰が罪の種類によって一律に科せられるのではなく(たとえば、物を盗めば情況に拘わりなく片手を切り落とす、など)、法廷において、犯罪に至る情況を斟酌される時代および地域(文明化した社会)に生きていることに感謝したくなるのは、おそらく私だけではないだろう。


山本基子
本と映画があれば即シアワセになれる。どれだけジャンクフードを食しても太らない(太れない)特異体質? 週1(夏場は週2)テニスで一応体力維持しているつもり。8歳になる愛犬柴わんこを溺愛。

『スタンド・バイ・ミー』
スティーヴン・キング、山田順子訳 新潮文庫


「スタンド・バイ・ミー」と聞くとまずは、同名の主題曲を歌うベン・E・キングの声、それから、ちょっと不良っぽくツッパったクリス役のリヴァー・フィニックス、そして子鹿の瞳をしたゴーディ役のウィル・ウィートンが、耳に目に蘇る。
本書はこの映画の原作で、作者はご存じスティーヴン・キング。”Different Seasons” という短編集に “The Body” というタイトルで収録されている。初版発行が1982年とあるから、もう30年も前に書かれたのだ、と感慨を深くする。ホラー小説の大御所の自伝的小説と称され、他の作品と一味違う少年期のみずみずしく、苦く、汗臭い世界が描かれている。映画も素晴らしいが、原作は凄い、と思う。今回、訳書を約20年ぶりに読み返し、がんばって原書も初めて通読した。「スティーヴン・キングは哲学的だ」と言った友人がいるが、なるほど、と思った。これ、アメリカの中学生・高校生が読んでしっかり理解できるのかな? スラングと4文字語にギャハギャハ笑ってるだけじゃもったいなすぎる。50歳になったらぜひ、再読してほしい。
「キャリー」「クージョ」「ミザリー」「ドロレス・クレイボーン」などなど、スティーヴン・キングの小説は、悲しみ、怒り、屈辱感、を抱えた者が、その抱えたものの重さに耐えられなくなったとき、爆発する行動(あるいは現象)の凄まじいエネルギーをストーリーの中心に据えた作品が多い。おどろおどろしい現象こそないものの、本書に登場する4人組の少年たち(いずれも12~13歳)もそれぞれ、暴力的な父親、兄の事故死、貧困故の将来への絶望など、耐えなければならない「痛み」を抱えて、いじらしくも明るくフツーに振る舞っている。アメリカという格差社会の縮図をみるようで、それが脳天気な少年小説とは一線を画している。


青山万里子
編集者。最近の担当書籍は『落ちてぞ滾つ』、『祭――感動!! 北海道の祭り大事典』、『老人と海』(5月刊行予定)など。その他、今年で10回目を迎える「翻訳コンクール」担当。
趣味は野球(札幌D観戦時はmy glove持参)、ゴルフ、麻雀など日々オジサン化が進行中。実家にいる愛犬タロウ(チワワ11歳)、カイ(キャバリア9歳)に週に1度会うことが楽しみ。

『草原の記』
司馬遼太郎 新潮文庫


 先日、モンゴルの少年たちが世界最大の馬レースに臨む姿を追ったテレビ番組を観た。6歳から13歳までの少年1万人以上が参加するというのだ。レースを控えた彼らは調教師にあてがわれた馬と向き合い、特訓に励む。大人は彼らにアドバイスはしない。少年たちは自分で考え、ときには互いに相談しあいながら、それぞれが馬との信頼関係を築いていく。それでもやはり、人間と同じように馬にもいろいろな性格がいるもので、レースに不向きな馬も出てくる。そんなとき調教師は、「あの馬は走るのが嫌いだから自由にさせる」と無理強いはさせない。馬と人間、大人と子ども、それぞれが互いの存在を尊重しているのだ。そして少年たちは、夏休み中のそのレース期間が終わる頃には、一回り大きく成長している。あれほどの大草原で、そういったことを身を持って経験できるモンゴルの少年たちが本当に羨ましかった。
 この番組を観ながら、以前読んだ『草原の記』のことを思い出した。司馬さんはモンゴルに対して特別な思いを抱いていたようで、彼の地に何度か取材旅行に訪れている。本書は、そのときに出会ったあるモンゴル人女性の激動の半生を交えながら、モンゴルの歴史や著者のモンゴルに対する深い想いが綴られている。読んでいると、果てしなく広がる大地が目に浮かび、草や風の匂いまで運ばれてくるようで、懐かしさがこみ上げてくる。それはきっと、悠久の時間のなかで人間本来の生活が営まれているように感じられるからだろう。
 わたしもいつか、モンゴルの風を肌に感じ、あの広い大地で馬を走らせてみたい。


可知佳恵
編集・営業・広報を担当しています。最近編集を担当した本は、鈴木邦男著『秘めてこそ力』、原子修著『龍馬異聞』、山本光伸著『誤訳も芸のうち』など。好きな作家は、コナン・ドイル、アーサー・ランサムなどですが、最近は仕事に関係する本ばかり読んでいます。

『血盟団事件』
中島岳志著 文藝春秋刊


 1932年の昭和史最大のテロ事件、血盟団事件。井上日召と、日召のもとに集まった若者たちが事件を起こすまでの心境を克明に描き出す。彼らが残した記録に丁寧にあたり、彼らが生きた場所を訪ね、そして、99歳になっていた最後の血盟団員・川崎長光や、井上日召の娘・涼子、血盟団員・四元義隆の薫陶を受けたという中曽根康弘元首相にも取材しているのがすごい。読んでいるうちに、「私も出家しようかな」と思ってしまうほど日召に感化され、血盟団員らと一緒に悩み、考え、時代に憤怒してしまう。これも、中島岳志さんのいう、「現代と、昭和維新テロが起きた時代が似ている」から、なのだろうか?
中島さんの『中村屋のボース』(白水社)や『朝日平吾の鬱屈』(筑摩書房)もすごく良かった。一見、難しそうな分野のことも、人の内面を描き出し、興味深く書いてくれるので、とてもわかりやすくて一気に読んでしまう。おススメです。


山本哲平
編集部所属。製作主任。自費出版系の作品を主に担当。仕事絡みの本以外、なかなか読む時間が取れない。ので、書評の題材に困りそう。

『ドリフターズ』
平野耕太 少年画報社刊


最近、小説等を読む時間がまったく無くなってきたので、好きなコミックから一つ。
王道漫画家ではないが、コアなファンが付いている平野耕太氏の作品から、現在もヤングキングアワーズで連載中のコミック、『ドリフターズ』だ。
この作品は、各時代で名を馳せた人物が、その人生の最後の瞬間を境に異世界に飛ばされ、新たな世界を舞台に国取りを目指す物語だ。人間性を保ったまま飛ばされた者が『漂流者(ドリフターズ)』、人間性を失って落ちてきた者が『廃棄物(エンズ)』と呼ばれていて、世界廃滅を目指し活動する廃棄物と漂流者の戦いが本筋となる。
好みは分かれるだろうが、『島津豊久』、『織田信長』、『那須与一』の三人を主人公に繰り広げられるストーリーは読み応えがあり、セリフ回しもいちいち格好よくて純粋に面白い。前作の『ヘルシング』から顕著になったが、この作者はシリアスとギャグの融合が秀逸で、そのギャップがファンにはたまらないのだろう。
そのセンスは常に『カバー裏』と『あとがき』から溢れ出ている。
作品に話を戻すと、本作の登場人物は皆、個性的(?)で、感情移入とは違うのだが、読者を飽きさせることがない。
是非一度読んでいただきたい作品である。





  

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