編集者のおすすめ本 〈2013年8月〉

編集者のおすすめ本 〈2013年8月〉


柏艪舎スタッフが、ジャンルを問わず最近読んだ『おすすめ本』をご紹介していきます。

山本光伸
株式会社柏艪舎 代表取締役
愛犬と散歩するのが趣味。歩きすぎて犬が逃げ出すことも…。好きな作家は丸山健二。若い頃は、太宰治の作品にかなり影響を受けた。

『「嫌中」時代の中国論――異質な隣人といかに付き合うか』 
藤野彰著 柏艪舎刊(8月下旬予定)

 
 現代を生きる我々の必読の書といっていいだろう。本書のオビにあるように、「中国嫌い」であっても「中国知らず」ではすまされないのだから。
 昨今の中国の倣岸不遜ぶりを不愉快に思っている日本人は多いだろう。かく言う私だってその一人だ。
 中国人はなんだってあんなに無作法なんだ。あんなに広い国土があるのに、なんだって人の物を欲しがるのか。人権をないがしろにして何が偉大な国家だ。金と軍事力だけが頼りの野蛮国ではないか。尖閣は何がなんでも死守すべし!
 ネトウヨの人たちと同じように、私もそう大声で叫びたい。そう叫びたいのだが、いや待てよ、という声が頭の隅で言う。たぶん、中国の人たちにとっては、日本という国も、あるいは国民も、同じように見えているのだろう。
 全ての物事には因果の法則がある。因(原因)があるから果(現実)があるということだ。そこを探らずして、相手ばかりを責めるというのはやはりおかしな、子供じみた話だろう。自分にとって都合のいい情報ばかりを仕入れている人間に“愛国者面”をされていては、国を誤ることにもなりかねない。
 こういう情況だからこそ、相手をじっくり知ろうとするのが本書の最大の眼目なのだ。相手を知り己を知れば、百戦危うからず、とか。
 かつて読売新聞の北京支局長を勤めた藤野氏は、相手におもねることなく、言うべきはきちんと言いながら、中国の歴史的、民族的、政治的特質を明らかにする。一読、目から鱗とはこのことだ。
 一人でも多くの日本人に読んでいただきたい一冊であることは間違いない。


山本基子
本と映画があれば即シアワセになれる。どれだけジャンクフードを食しても太らない(太れない)特異体質? 週1(夏場は週2)テニスで一応体力維持しているつもり。8歳になる愛犬柴わんこを溺愛。

『キネマの神様』
原田マハ著 文春文庫


 私に輪をかけた映画好きの息子が、俺もう読んだから、と言ってくれたこの本、2008年に単行本が、2011年に文庫本が出てたんですね、知らなかった。ウカツでした。
 名画座通いと賭け事が生きがいという不良老人の父と、シネコン誘致プロジェクト担当というバリバリ・キャリアウーマンの座を失い、傾きかけの映画雑誌社に再就職した娘の話。古今東西の名画がこれでもかと出てくるので(ぜいたくを申せば、も少しマイナーな作品も入れてほしかったですが)、映画好きにはたまらない。
 『楽園のカンヴァス』『ジヴェルニーの食卓』など美術系の作家と思っていた原田マハさん、映画にもこんなに詳しいのですねえ。作中人物への目線がじつに暖かいし、原田さんという作者に深い興味を覚えます。
 話のスジは教えません。が、終盤、きっと涙目うるうるになるはず。ゴウちゃん(父親のこと)とローズバッド(ブログ上で映画評合戦する相手)、共に愛すべき男たちです。
 片桐はいりの「解説」が最後をカンペキに仕上げました。


青山万里子
編集者。最近の担当書籍は『落ちてぞ滾つ』、『祭――感動!! 北海道の祭り大事典』、『老人と海』(5月刊行予定)など。その他、今年で10回目を迎える「翻訳コンクール」担当。
趣味は野球(札幌D観戦時はmy glove持参)、ゴルフ、麻雀など日々オジサン化が進行中。実家にいる愛犬タロウ(チワワ11歳)、カイ(キャバリア9歳)に週に1度会うことが楽しみ。

『父の詫び状』
向田邦子著 文春文庫


 この時期は、旅行や帰省の機会が多くなる。車や電車、飛行機など移動時間が長くなるにつれて手持ち無沙汰になるものだが、そんなときに読むには、本書はうってつけだ。
 著者は32年前の8月に飛行機事故で亡くなった向田邦子。二十四編から成るエッセイ集で一編が短いうえ、テンポがいいのであっという間に読めてしまう。著者が子どもの頃(1940年代)から現代(1970~80年代)にかけての日常生活が綴られている。戦中・戦後を過ごした家族との思い出や、70年代以降キャリアウーマンの走りとして活躍する様子が、その時代背景と重ねて浮かび上がってくる。
 テレビドラマの脚本などを手がけていたせいか、どんな場面でも登場人物の顔や話し方、情景が目に浮かんでくるようで面白い。さらに、一つのエッセイのなかで文章が一行開きで何度か場面転換がされているのだが、一見何の繋がりもなさそうな話が最後で見事に結びついているところは流石だ。
 ところで、最初に旅行などの移動の間に読むにはうってつけだと書いたが、本書のなかでそれには当てはまらない箇所がある。留守番電話が普及しはじめた頃の話なのだが、黒柳徹子さんが1分間の録音時間内に話しきれずに9回連続で吹き込んだというくだりだ。しかも最終的には、用件は会ってから話すと言う。ここでもやはり、立て板に水の調子でしゃべりまくる徹子さんの姿が目に見えるようで、電車内で読んでいた私は涙目になりながらこみ上げる笑いを何とか押し留めた。
 もちろん、笑いだけではない。ほろりとさせられたり胸がじんわり温かくなるような話もたくさん詰まっており、どこか懐かしい気分に浸される。私は自分の子どものころを思い出し、両親に優しくしたくなった。


可知佳恵
編集・営業・広報を担当しています。最近編集を担当した本は、鈴木邦男著『秘めてこそ力』、原子修著『龍馬異聞』、山本光伸著『誤訳も芸のうち』など。好きな作家は、コナン・ドイル、アーサー・ランサムなどですが、最近は仕事に関係する本ばかり読んでいます。

『旧約聖書入門―光と愛を求めて』
三浦綾子著 光文社文庫


 やっぱり、三浦綾子は天才だと思った。高校時代、聖書の時間に習ったものとは、まったく別の世界が広がっていた。聖書がこんなにもいきいきと人間を描いていたのか、と目を開かされた。
 まず、驚いたのは「二、アダムとイブ」の章だ。アダムとイブが神から禁じられていた善悪を知る木の実を食べる有名な箇所だ。神に問われたアダムはイブから勧められて食べたと言い、イブはヘビに騙されたと言う。そこで三浦は、母の財布からお金をくすねた中学生や浮気な男の申し開きなど、たくみに身近な例と重ね合わせ、木の実を食べたことよりも、謝らなかったことのほうが罪深いのではないかと指摘する。
 もっとも私が意外だったのは、楽園から追われたときの状況だ。ただ神の怒りを買って追い出されたのかと思っていたら、神は罪深き二人に、皮の衣をつくって着せてから楽園を追い出していたのだ。そして永遠の命を得るという「生命の木」を人間から守るためにケルビムをつくったのも、愛の証だという。罪深きわれわれが永遠の命を与えられたら、つらくて耐えられなかっただろうと。
 聖書のあのそっけない記述が三浦綾子の手にかかると、深くて身近な人間模様へと一変する。読み物としてもとっても面白いし、思わず聖書を読んでみたくなる1冊だ。『新約聖書入門』もおすすめです。


山本哲平
編集部所属。製作主任。自費出版系の作品を主に担当。仕事絡みの本以外、なかなか読む時間が取れない。ので、書評の題材に困りそう。

『薔薇の名前(上・下)』
ウンベルト・エーコ著 河島英昭訳 東京創元社刊


 大学生の頃、親から読めと言われて無理やり読んだ本。
 それまで軽い読み物ばかり手にしていたため、難解極まりなく、何度も途中で投げ出したくなった記憶が蘇る。
 中世ヨーロッパ、アヴィニョン教皇庁時代の僧院で起こった殺人事件から始まるミステリーが基本線だが、そこにこれでもかというくらい宗教観や哲学、歴史背景などが盛り込まれているため、半端な知識では深く理解することはとてもできない。当然私も、『ああ、こいつが犯人だったんだ』くらいしか分からなかった。
 それでも、重厚な文体と緻密に織り込まれた時代描写や思想背景は、読者を著者の世界に引きずりこむだろう。
 もう少し知識を蓄え、ゆっくりと時間が取れたら、いつかもう一度読んでみたい一冊。





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2013年7月
2013年6月
2013年5月