編集者のおすすめ本 〈2013年6月〉

編集者のおすすめ本 〈2013年6月〉

柏艪舎スタッフが、ジャンルを問わず最近読んだ『おすすめ本』をご紹介していきます。

山本光伸
株式会社柏艪舎 代表取締役
愛犬と散歩するのが趣味。歩きすぎて犬が逃げ出すことも…。好きな作家は丸山健二。若い頃は、太宰治の作品にかなり影響を受けた。

『The Red Notebook: True Stories』 
ポール・オースター著 New Directions刊 

 
 オースターに言わせれば、この世はまさに「事実は小説より奇なり」という現実の上に成り立っている。彼にしてみれば、この世は“偶然”では片付けられない事柄で満ちているのだろう。いかに奇跡的な出会いであっても、その二人がいつかの時点である方向に動きださなければその出会いもないわけで、そうなるとすべては“必然”ということになる。
 理詰めが幅を利かす現代において、偶然には不当に低い評価しか払われていない。それを逆手に取って、オースターはこの偶然と必然の綾のなかにこそ、人間の生の根源を見ているのかもしれない。
 とにかく、この小説で披露される“トゥルー・ストーリー”には、心底びっくりさせられる。こんなことが実際に起こりうるんだろうか、と。まさに、現代人としての我々の理性が揺らぎだすような感覚なのだ。
 私の友人から聞いた話だ。友人の友人は昭和29年9月26日、青函連絡船の洞爺丸に乗り合わせた。あの凄まじい台風で洞爺丸は転覆・沈没。一千名以上の生命が失われたことは記憶している人も多いだろう。
 彼は津軽海峡に投げ出され、波に飲まれてすぐに気を失った。翌朝、我に返ってみると、とある浜辺に打ち上げられていた。よく見れば、なんと、自宅のすぐ先にある、いつも散歩している浜辺ではないか。
 濡れ鼠でそうろうと自宅に戻ったご亭主を見るなり、奥さんは気絶したという。これもまた、“本当の”トゥルー・ストーリーなのである。


山本基子
本と映画があれば即シアワセになれる。どれだけジャンクフードを食しても太らない(太れない)特異体質? 週1(夏場は週2)テニスで一応体力維持しているつもり。8歳になる愛犬柴わんこを溺愛。

『ぼくが、いま 死について 思うこと』
椎名誠著 新潮社 

 

 まっ白なカバーに黒のゴシック体太文字三行で書かれたタイトルに、まずドキッとする。しかも帯にはドーンと“69歳”。その横に、深いシワをきざみどこか遠くを見やる椎名さんの顔写真。
 なんだ、なんだ?、と一瞬怖気づいてしまったけれど、いやあ、読んでよかった。昨今はやりの“アンチ・エイジング”だの“健康な老後生活”だの“葬式費用にいくら用意しておくべきか”なんてものに振り回され一喜一憂している輩はすべからくこの本を読むべきですね。スカッとします。生も死も同様に肯定したくなります。
 また、終章で述べられている「いじめ」についての考えにも大共感でした。
 それにしても、「週刊文春」にあれだけ長く掲載されていた“赤マント”、どうして終了してしまったのでしょう? もう文春読みたくない。


青山万里子
編集者。最近の担当書籍は『落ちてぞ滾つ』、『祭――感動!! 北海道の祭り大事典』、『老人と海』(5月刊行予定)など。その他、今年で10回目を迎える「翻訳コンクール」担当。
趣味は野球(札幌D観戦時はmy glove持参)、ゴルフ、麻雀など日々オジサン化が進行中。実家にいる愛犬タロウ(チワワ11歳)、カイ(キャバリア9歳)に週に1度会うことが楽しみ。

『漱石先生の事件簿 猫の巻』
柳広司著 理論社、角川文庫


 夏目漱石の『吾輩は猫である』を基にしたパスティーシュで、全6編から成る短編連作集です。原作は猫の語りとなっていますが、本書は癇癪持ちで変人の先生のところで暮らすことになった書生の視点で描かれています。
 “事件簿”となっているとおり、各編でちょっとした事件が起こるものの、ミステリー(謎解き)として読もうと思うと少々物足りないかもしれません。それでも、落語の「こんにゃく問答」のくだりなど、先生の家に出入りする筋金入りの“変人”たちとの会話には笑わされますし、最後にいなくなった猫をみんなで捜す場面にも胸がほっこりさせられます。
 著者の代表作『ジョーカー・ゲーム』や『ダブル・ジョーカー』も骨太で読み応えのある面白い作品ですが、今回はまったく違う趣で気軽に楽しめます。もう一度、漱石の『吾輩は猫である』を読み返したくなるのではないでしょうか。ちなみに、本書の他にパスティーシュとして『贋作「坊ちゃん」殺人事件』という作品もあります。


可知佳恵
編集・営業・広報を担当しています。最近編集を担当した本は、鈴木邦男著『秘めてこそ力』、原子修著『龍馬異聞』、山本光伸著『誤訳も芸のうち』など。好きな作家は、コナン・ドイル、アーサー・ランサムなどですが、最近は仕事に関係する本ばかり読んでいます。

『戦争は人間的な営みである――戦争文化試論』
北海道大学助教 石川明人著 並木書房刊

 「戦争は“善意”によって支えられている」「軍事は文化であり、戦争は人間的な営みである」「平和は俗の極みである」という言葉に、次々といままでの思い込みを覆された。
 平和だけを叫んでいても、平和は得られない。むしろ戦争を知り、きちんと理解し、徹底的に見つめることで真の平和への道を歩めるのではないか。「戦争は悪いこと」と教えるだけでは、平和についても正当な議論をすることはできないと著者は語る。
 愛情があるからこそ命をかけて戦えるのではないか? 暴力は平和への手段ではないのか? 私たちが望む真の平和とは何か? 戦争を語る、研究するというだけで眉をひそめる平和主義者たちに、まっこうから疑問をたたきつける。
 著者は北海道大学で宗教学、戦争論について教鞭をふるっている。キリスト教者としての立場から戦争をみつめ、自己が抱える矛盾と葛藤しながら戦争の人間らしさを説く。著者の人間理解の深さに、幾度も深くうなずき、教えられ、目を開かされる思いがした。
 確かにわたしたちは戦争について何も知らない。もっと知るべきだと思った。


山本哲平
編集部所属。製作主任。自費出版系の作品を主に担当。仕事絡みの本以外、なかなか読む時間が取れない。ので、書評の題材に困りそう。

『悪韓論』
室谷克実著 新潮新書刊


 最初に断わっておくが、個人的に韓国をそれほど嫌っているわけではない。ただ、最近の国家としての韓国の在り様には疑問を禁じえないので、本書を手にとった次第である。
 本書の刺激的な帯アオリ文にあるとおり、内容は一貫して韓国がどれだけどうしようもない国なのかを論理的に記したものとなっている。
 特徴的なのは、情報ソースを韓国国内の有力新聞にほぼ絞っていることであり、その点において、恣意的にバッシングする類の書籍とは一線を画していると言えるだろう。
 文章もリズムが良く、読みやすいので、すんなり理解でき、読み終わった後は、韓国に対しての見方が(悪い方に)きっと変わると思う。
 ただ、述べられているいくつかの問題点は、韓国に限らず、他の国にも当てはまるものだろうし、歴史を紐解いても嘘吐きでなかった国家など存在しない。それに、個人レベルで友好的な韓国人が沢山いるのも事実なのだから、ひと括りに韓国人を嫌うべきでもない。
 本書は今年の四月に発刊されたものなので、さすがに『原爆は神の裁き』や『橋本市長の従軍慰安婦発言』、『大阪生野の通り魔事件』等に関しては触れられていない。もしも今月発売だったら、本書の論調はさらに激しくなっていたに違いない。
 ちなみに、大阪生野の通り魔事件は加害者が韓国人と判明したとたん、日本のマスコミは揃って沈黙した。その点は情けない。
 ともかく、隣国同士仲良く出来ればなによりなのだが、しばらくの間はどう考えても難しいので、せめて韓国を反面教師として日本人の意識を高めるべきだろう。



        

過去の『おすすめ本』
2013年5月