編集者のおすすめ本 〈2013年10月〉

編集者のおすすめ本 〈2013年10月〉

柏艪舎スタッフが、ジャンルを問わず最近読んだ『おすすめ本』をご紹介していきます。

山本光伸
株式会社柏艪舎 代表取締役
愛犬と散歩するのが趣味。歩きすぎて犬が逃げ出すことも…。好きな作家は丸山健二。若い頃は、太宰治の作品にかなり影響を受けた。

犯罪』
F・フォン・シーラッハ著 酒寄進一訳 (東京創元社)


 ドイツはベルリンで刑事事件弁護士として活躍する著者のノンフィクション・ノベル。処女作にしてクライスト賞、ベルリンの熊賞、今年の星賞の文学賞三冠に輝くという鳴り物入りで、2009年に出版された作品だ。ドイツでの発行部数四十五万部、世界三十二か国で翻訳というからものすごい。
 本書では、著者が実際に担当したと思われる十一の事件がフィクション仕立てで語られる。そのほとんどが異様な事件なのだが、読了感はきわめて爽やかだ。時にはほろりとさせられることすらある。
 それは何よりも、犯罪者に対する著者の理解力の深さにあるのだろう。それはつまり、人間という存在に対する愛情の深さであり、それがある種の哀しみの声となって読者に迫ってくるのだ。
 それにしても、全ての罰が罪の種類によって一律に科せられるのではなく(たとえば、物を盗めば情況に拘わりなく片手を切り落とす、など)、法廷において、犯罪に至る情況を斟酌される時代および地域(文明化した社会)に生きていることに感謝したくなるのは、おそらく私だけではないだろう。


山本基子
本と映画があれば即シアワセになれる。どれだけジャンクフードを食しても太らない(太れない)特異体質? 週1(夏場は週2)テニスで一応体力維持しているつもり。8歳になる愛犬柴わんこを溺愛。

『あなたがいる場所』
沢木耕太郎著 新潮文庫


 沢木耕太郎は、当然ながら、なんといっても、『深夜特急』であり『一瞬の夏』でしょう、と思っていた。『深夜特急』はほぼ10年周期で読み返したくなり、その度に「あ~、旅にでたい!」と叫んでいる。
 そんなノンフィクションの名手が、『血の味』を皮切りに『凍』『無名』などフィクションを発表し、そのいずれもが心にどーんとくる秀作である。で、本書『あなたがいる場所』は著者初の短編小説集である(と、オビに謳ってある)。電車に乗る前に、駅チカ書店で「軽く読めそう」と思って購入した。(なんたって490円だし。)発車と同時に読み出して即はまった。4駅ほど過ぎたころには不覚にも涙が出そうになった。小学生の男の子だったり、女子高生だったり、中年の妻だったり、各短編には全く異なる年代の主人公が登場するのだが、沢木さん、あなたはどうしてそんなにスイっと感情移入できちゃうのですか、と幼稚な質問をしたくなるくらい、主人公それぞれの心がリアルに描かれている。参りました。
 「解説」を引き受けた角田光代の文章がまた、いい。「― それぞれに特殊な生を生きている私たちに、(この)小説は静かに寄り添い、ともにいてくれる。気休めなんて言わない、なぐさめの言葉も言わない。それらのかわりに、ある瞬間に私たちを立ち会わせる。人がある何かを選択することによって決意する、その瞬間を、見せる。」選択の中には、重いものもあれば、ささやかと見えるものもある。でも、私たちは誰しも、しようと決め、しまいと決めることを続けて人生をまっとうしていくのではないだろうか。重く見えようが、軽く見えようが、どの選択もきっと、人生を左右する大きな決断なのだ。
 本書に描かれる九つの選択に立ち会って、読者の心が震えるのは、誰もが決意の瞬間の大きさを知っているからだ。「私だったら、」「私もきっと、」と心を重ね合わせられるからだ。


青山万里子
編集者。最近の担当書籍は『落ちてぞ滾つ』、『祭――感動!! 北海道の祭り大事典』、『老人と海』(5月刊行予定)など。その他、今年で10回目を迎える「翻訳コンクール」担当。
趣味は野球(札幌D観戦時はmy glove持参)、ゴルフ、麻雀など日々オジサン化が進行中。実家にいる愛犬タロウ(チワワ11歳)、カイ(キャバリア9歳)に週に1度会うことが楽しみ。

『輪違屋糸里(上・下)』
浅田次郎著 文春文庫


 幕末の京都。島原の芸妓、糸里は新選組副長の土方歳三に思いを寄せていた。そんななか、姉のように慕っていた輪違屋(わちがいや)の音羽太夫が芹沢鴨に殺された。その後、芹沢自身も暗殺されるのだが、その大きな渦のなかに糸里も巻き込まれていく。
 攘夷や倒幕、権力争いといった時代のうねりを前に、それぞれの思いを抱きながら己の生き方を貫いていく女たちの姿はときに悲しく、ときに清々しく、胸を打つ。
 また、芸妓のほか、新選組の屯所となっていた八木家・前川家の女性たちの視点からの描き方も新鮮で面白い。男たちに振り回され、弱者と見える彼女たちもしたたかさや逞しさを兼ね備えているのだ。しかし、なんといってもラストで糸里がどのような決断を下すのかが大きな見どころだ。
 余談だが、新選組は今年で創設150年を迎えるそうだ。弊社でも数年前、新選組二番隊組長永倉新八のひ孫が著わした、その名も『新選組 永倉新八のひ孫がつくった本』を刊行している。こちらもオススメです。


可知佳恵
編集・営業・広報を担当しています。最近編集を担当した本は、鈴木邦男著『秘めてこそ力』、原子修著『龍馬異聞』、山本光伸著『誤訳も芸のうち』など。好きな作家は、コナン・ドイル、アーサー・ランサムなどですが、最近は仕事に関係する本ばかり読んでいます。

『夜の樹』
トルーマン・カポーティ著 川本三郎訳 新潮文庫


 カポーティが描く人物は、本当に魅力的だ。孤独で、どこか哀しく、狂気に満ちていて、読む者を夢中にさせる。そんな9編を収録した短編集。このうち8編は20代の時に書いたものだというから驚きだ。本書の冒頭の作品『ミリアム』で19歳の時、O・ヘンリ賞を受賞し、“恐るべき子供”と呼ばれた。どの作品も、読者を冒頭からぐいっと作品の世界に引きずりこみ、読後もなかなか抜け出せない……。そんな本を求めている方はぜひ。


山本哲平
編集部所属。製作主任。自費出版系の作品を主に担当。仕事絡みの本以外、なかなか読む時間が取れない。ので、書評の題材に困りそう。

『承 井上雄彦 pepita2』
井上雄彦著 日経BP社


 井上雄彦画集『pepita』の第二弾。出雲大社と伊勢神宮の遷宮に心を動かされ、それにまつわる絵やスケッチ、取材によるエッセイが盛り込まれている。
 一般的には『スラムダンク』、『バガボンド』を描いた漫画家として知られているが、この人の感性と考察力、そして筆致はすでに芸術家の域。
 伊勢神宮奉納のために描かれ、本書にも所収されている墨絵『承』は、縮小されていてもその迫力が伝わってくる。一度でいいから本物を見てみたい。





  

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