新老楼快悔 第113話 ルーズベルトに書を送った海軍中将

新老楼快悔 第113話 ルーズベルトに書を送った海軍中将


 太平洋戦争最大の激戦地となった硫黄島で自決して果てた市丸利之助海軍中将(55歳)が、死に臨んでアメリカ大統領ルーズベルトに書を残した話は、終戦から80年近くを経てなお語り草になっている。
 東京・靖国神社の遊就館内に展示されている書の写しを改めて読み返すと、当時のわが軍指導者の考え方が滲み出ているのを覚える。そしていまなお続くロシアのウクライナ侵略戦争における国家間の主張の隔たりに、胸を抑えてしまうのだ。
 「日本海軍少将書ヲフランクリンルーズベルト君ニ致ス」で始まるこの文面は、太平洋戦争最中の昭和20年(1945)3月17日、最後の攻撃を前に、地下20メートルの壕内で書き上げたもので、副官の間瀬中佐が全軍を前に読み上げた。壕内は粛然となった。
 読み終わると和文の文面は村上大尉が自らの腹に巻き付け、英文の方は赤田中佐が身に付けた。市丸は、栗林忠道中将とともに肩章を外して一人の臣民となり、自決した。
 アメリカ軍の総攻撃により、硫黄島の日本軍は壊滅した。アメリカ兵が島内の洞窟を点検して、日本軍将校の遺体から遺書を発見した。文面を省略しながら掲げる。

 貴下は真珠湾の不意打ちを以って、対日戦争唯一の宣伝資料となすといえども、日本をしてその自滅より免るるため、この挙に出づる外なき窮境に迄追い詰めたる諸種の情勢は、貴下の最もよく熟知しある所と思考す。
 畏くも日本天皇は、皇祖皇宗建国の大詔に明なる如く、養正(正義)、重暉(明智)、積慶(仁慈)を三綱(さんこう)とする、八紘一宇の文字により表現せらるる皇謨に基き、地球上のあらゆる人類はその分に従い、その郷土において、その生を享有せしめ、以って恒久的世界平和の確立を唯一念願とせらるる外ならず。これ、かつては/四方の海 皆はらからと思ふ世に など波風の立さわぐらむ/なる明治天皇の御製(日露戦争中御製)は、貴下の叔父「テオドル・ルーズベルト」閣下の感嘆を惹きたる所にして、貴下もまた、熟知の事実なるべし。
 我等今、物量をたのめる貴下空軍の爆撃及艦砲射撃の下、外形的には退嬰の已むなきに至れるも、精神的にはいよいよ豊富にして心地ますます明朗を覚え、歓喜を禁じ得ず……。

 文中に明治天皇の御製までひき、わが国が八紘一宇をもって世界平和に念願する想いを吐露している。八紘一宇とは、世界を一つの家にすることを意味し、この時期のわが国の海外進出を正当化するのに用いられた標語である。
 振り返って、たまらないほどの虚しさを覚えた。あの頃、少年だった私は、世界地図に描かれた南方の国々や島々が日本国を示す赤色に塗り替わっていくのを見て、何の疑いもなく喜んでいた……。幼かったとはいえ、なぜそれを、すんなり受け止めていたのか。
 しかし現実は、戦いが済んですべてが元の木阿弥になり、初めて国家に騙されたと知った人たちが大勢いたという事実こそ、忘れてはいけないと、しみじみ思う。




2023年11月24日


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