新老楼快悔 第110話 お茶の水という地名

新老楼快悔 第110話 お茶の水という地名


 岩見沢に「お茶の水」という地名がある。信心深い一人の開拓民が夢の中で神仏が語り合う話を聞き、きれいな水の出る場所を見つけたことからついた地名なのだという。
 北海道の開拓が急ピッチで進められ、岩見沢周辺にも大勢の開拓民が入植し、水のある地域を探して歩いた。だが泥炭地帯が多く、苦労して井戸を掘っても、出てくる水は赤い泥水で飲み水にならず、人々は雨水をたらいや桶で受け、それを大切に使っていた。
 開拓民の中に権四郎という者がいて、自分だけでなく、集落の人たちのためにもと、水の出る場所を探すかたわら、土地の様子を詳しく調べ、夜になると自分が作った図面とにらめっこしながら、どこに水脈があるか考えにふけっていた。
 その夜も、権四郎は図面を広げて、水脈のある位置を探していたが、仕事の疲れからか眠り込んでしまう。と、その時、夢の中で神様と仏様が話し合っているのを聞く。
「水は低い所にだけあるわけではない。裏の沼から百間(180メートル)ほど川寄りの真土(まつち)の高台あたり水の出るのではないか」
「さよう、さよう。しかし一ヵ所だけでは部落全体には行き渡らない。東西に水路を造らねば……」
 権四郎ははっとなって飛び起きた。神棚と仏壇に向って頭を下げると、真夜中にもかかわらず家中の者を起こして夢の話をし、夢で見た場所へ揃って出かけた。
「ここだ、掘ってみよう」
 権四郎の掛け声に合わせて、みんなでその付近の地面を掘ったところ、水が滲んでくるではないか。
「水だ。明日から、大仕事になるぞ」
 口々に喜び合いながら帰途についた。
 翌朝、日が昇るのを待ちかねてその場所へ行ってみると、澄んだきれいな水がこんこんと湧き出ていた。人々は「水だ、水だ」と叫びながら、水を桶にどんどん汲み、湯をわかして久々にお茶を淹れて飲んだ。
 そのお茶は、言葉に尽くせないほどおいしくて、みんなは、
「ありがたい、ありがたい」と声を張り上げ、抱き合って喜び合った。
 以来、このあたりは「お茶の水」という地名になり、なにか事があると人々は集まり、お茶を汲みあいながら、神仏に守られて生きる喜びを語り合ったという。



2023年11月3日


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