新老楼快悔 第31話 人生、喜びあり哀しみあり

新老楼快悔 第31話 人生、喜びあり哀しみあり


 病院生活での話をもう一つ。年末年始になると、入院中の患者が実家に一時帰休するので、院内はガランとした空気に変わる。まだ熱が引かずふらつくが、少しでも足腰を鍛えようと歩く訓練をする。といっても同じ階にある自動販売機まで往復する程度だ。
 病室へ戻ると、担当医のS氏が姿を現した。まだ30代。大晦日も元旦も休みなく来室し、診察してくれるありがたい存在だ。
 その担当医が急に姿を見せなくなった。どうしたのだろう、心配していると知人の訃報が相次いで飛び込んできた。一人は福島県郡山市に住む作家のH氏。戊辰戦争、中でも会津戦争に関わる小説を多数書いてきた。複数人で書く本で、何度かご一緒した。年齢が近いせいもあり、会うと話が弾んだ思い出がある。
 その翌日、こんどは新聞紙上でジャーナリスト・作家S氏の訃報を知った。朝日新聞東京本社編集局長を退職後、故郷の札幌に戻り活動していた。著書に『震災と原発 国家の過ち』『3・11複合被災』などがある。まだ68歳の若さだ。
 半年前に北海道文学館内で出会い、挨拶を交わした折り、
「お会いしたいと思っていました」と言われ、
「私もそう思っていました」と返礼し、
「コロナが収まったら、時間を取ってお会いしましょう」と約束した。
 気にしながら病に罹かって入院してしまい、連絡もとれないままの別れになろうとは。無念で涙がこぼれた。
 暫く顔を見せなかったS担当医が、ひょっこり現れて、ベッドの私に顔を寄せ、
「実は、ちょっと事情があって、(病院)に来れなかったのです」
 と詫びの言葉を述べた。理由を質すと、
「息子が生まれたんです。それで…」
「えっ、それはめでたい!」
 大声を上げた。そして何物にも代えがたい宝物の誕生に、心から祝福の言葉を重ねた。
 翌日、来室したS担当医に、よもやと思いつつ、誕生日を質したら、
「一月五日です」と答えた。
「やったっ」
 思わず叫んだ。私と同じ誕生日なのだ。ベッド上で88歳の誕生日を迎えた私に、いま、思いもかけない贈り物が転がり込んできた、そう感じた。
 その夜、赤子だった頃の息子の夢を見た。それがS担当医と赤子の顔とごっちゃになり、はっとして、目が覚めた。




2022年3月11日


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