老楼快悔 第113話 お爺さんと旅をする

老楼快悔 第113話 お爺さんと旅をする


もう随分古い話になる。東京に住む孫娘の文(あや)に「6歳になったら旅をしよう」と話したところ、まだ3歳にもならない文が「行くっ」と叫んだのである。正直、驚いた。
約束の時期が近づき、そうはいってもまだ幼すぎるし、手放すほうも心配だろうと思い、母親に相談したところ、即座にこう答えたのである。
「その日は文の習い事の日だけれど、お爺さんとの旅のほうが絶対いい」
この一声で旅は決まった。定年退職後、大学講師をしながら執筆活動を続けているわが身にとって、幼い孫との気楽な二人旅である。行き先は義経が少年時代を過ごした京都の鞍馬山にした。以前、小学館の『学習まんが 人物日本の歴史』の「源義経」のシナリオを担当した時に取材で訪れた以来だから、ひさびさの再訪である。
千歳から羽田空港に飛び、東京の自宅で文を母親から手渡された。文は小さなリュックサックを背負い、満面の笑顔である。東京駅から新幹線に乗り込み、出発進行!
2時間半ほど走って京都着。文はカメラを手にちょこちょこ走り回る。五条大橋のたもとに立つ博多人形造りの牛若丸(義経)と弁慶の像を見てから、ホテルに宿泊。夕食はお好み焼き。その後は文が飽きるまでトランプ遊びだ。
翌朝早く、出町柳から電車に乗って鞍馬山へ登り、牛若丸が剣術修業をしたといわれるあたりを歩く。
「おじーちゃーん、木の根が飛び出てるよっ」
「ほんとうだ。すごいね」
そんな話をしながらゆったりした気分で下山したが、文のカメラがない。普段、持ち慣れないものを持ったので、つい、忘れてしまったのだろう。まぁ、いいじゃないか。楽しい思い出を目に焼きつけたのだから。



こうして祖父と孫娘の旅は、毎年毎年続けられ、文は旅の模様を文章にし、「夏休み自由研究」として学校に提出した。旅は文が中学2年生の夏まで続いた。この間の記録はいまなお全部保存していたのには驚いた。
もとより家族内の話であり、他人様にお見せするようなものではないのだが、柏艪舎の山本光伸代表の前でつい口を滑らせてしまったのが原因で、『文とおじいちゃんの歴史の旅』が出版された。



出版したお陰で、嬉しい話がいくつも飛び込んでいた。そのうちのひとつが本を読んで誘発されたという札幌市に住む山口美和さんからの話。長女陽葵さん(小学4年)と長男岳久君(小学1年)の姉弟が、夏休みを利用して宮城県多賀城市に住む祖父母宅を訪れ、親戚宅などを訪問した後、祖父とともに「歴史の旅」をするのだという。仙台の青葉城址や松島を見学した後、塩釜の競り場を見て鳴子温泉に宿泊し、翌日は間欠泉、岩手山の有備館を巡る計画という。
その話を聞きながら、歴史に彩られた町を歩く姉弟の姿を想像しつつ、いまは大きくなった孫娘との遠い日の旅を、思い浮かべている。


 
2021年7月30日


老楼快悔トップページ
柏艪舎トップページ