新老楼快悔 第016話 舞台劇「ひかりごけ」に思う

新老楼快悔 第016話 舞台劇「ひかりごけ」に思う


 11月19日夕、札幌の演劇集団ELEVEN NINES(イレブンナイン)の舞台、「ひかりごけ」を観せてもらった。30年も前に書いた『裂けた岬』という本が昨秋、柏艪舎から『生還』と改題して出版されたが、その作品の内容も舞台に反映されると出版社から伝えられ、その誘いに応じての観劇だった。
 「ひかりごけ」は食人を扱った武田泰淳の作品で、前半が紀行文、後半が舞台という構成になっている。優れた文芸作品であり、映画化もされた。その主人公である船長が戦後も生存しているのを知り、長年、接触してまとめたのが私の作品である。
 人間の原罪を問いかける内容だけに、テレビや雑誌類などに何度も取り上げられたが、今回はどんな作品になるか。期待を込めて出版社の代表や編集者とともに会場に赴いた。
 暗闇の舞台が開いて、4人の人物が登場し、物語は一気に現代から戦時下の洞窟の場へ変わる。飢えた人間たちの凄まじい葛藤と食人…、裁判の場から一転、再び現代へ。原作を柱に据えながら、現代的な要素を詰め込み、時にはユーモアさえ交えて、見ている者をぐいぐいと引き込んでいく。出演者4人がすべて3役をこなす変わり身の早さも、何の不自然さも感じさせない。
 圧巻は後半に起こる洞窟の崩壊だ。舞台となる巨大な洞窟が音をたてて崩れていく。それはまるで矛盾に満ちた現代の人間社会のありようを打ち砕くようにも取れて、心が震えた。そしてこれまで公演されたいくつかの「ひかりごけ」を超える強烈さに瞑目した。
 観劇後、僅かな時間を割いて、出演者の納谷真大さんと斎藤歩さんにお会いした。納谷さんは演出も、斎藤さんはドラマトゥルグも担当している。斎藤さんは「あなたの本がなかったら、ここまで踏み込むことは出来なかったでしょう」と話してくれた。
 確かに私の本は、船長のその後まで書きこんでいる。本の持つ意味合いの違いから、それは当然といえるが、うれしい一言だった。現代は、地球の裏側で食糧に飢えた多くの人亡くなっている反面で、わが国は食べ物を無駄にしてはばからない飽食時代の最中である。
 それだけに舞台が投げかけたテーマは、重く、切ない。その難題に立ち向かう出演者や舞台裏の人たちに心から拍手を送りたい気持ちになった。
 「ひかりごけ」公演は11月28日まで。一人でも多く舞台を観てほしい、と願っている。






2021年11月22日


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