老楼快悔 第106話 札幌市資料館の玄関に女神像が

老楼快悔 第106話 札幌市資料館の玄関に女神像が


札幌市中央区大通西13丁目の大通に建つ札幌市資料館が重要文化財に指定された。
この建物は大正15年(1926)に札幌控訴院として建てられ、外壁が札幌軟石張りという全国でも珍しい建造物である。戦後は札幌高等裁判所として長く用いられた。いわば法の番人の居城ともいえる。正面に突き出た「車寄せ」のひさしに、目隠しした女神の首像が見える。その下に秤と剣が刻まれている。よく見るとその後方の2階の壁面には左右に2つの鏡がついている。これ、一体、何なの?



女神とは、ギリシャ神話に出てくる「法の神テミス」を指す。その女神がなぜ目隠しをしているかというと、ものを見るのを避けているのではなく、裁判の時は肉眼で見ない、つまり私情をはさまないことを示している。
像の下の秤は、一方に偏らない公正を表し、秤を支える剣は、正義を守り悪を切り裂く剣を意味する。鏡は清らかなもので、酷く汚らわしいものでも真実を映し出す。裁判は厳正でなければならないとするシンボルを表現しているのである。
女神像は札幌に住む若い石工が刻んだというが、全国の控訴院の建物で女神像があるのはここだけ。いずれにしろ西洋思想を基にした女神と秤に、日本古来の鏡が組み合わされているのは少し、不思議な感じもする。
意外な話が伝わっている。昭和初めある男性が幼い娘を連れて鴨々川へ出かけ、川中から高さ30センチほどの女神像を拾った。「これは裁判の神だ」というので、控訴院へ持ち込んだ。
この話はそのまま埋もれていたが、60年も経過した平成3年(1991)、事実を知っていた娘の申し出から改めて調査が行われ、女神像が札幌高裁内に収納されているのを突き止めた。つまりこの女神像をもとにひさしの像が造られたものと判明した。しかし、では誰がこれを持ってきたのかは判然としない。
実はもう1つ、意外な話がある。この建物の建設に携わった検事長が完成を待たずに自宅で自殺していたのだ。検事長が建築に用いた女神像をなんらかの理由で鴨々川へ投げ捨て、その後、自殺したと推測すると、一応筋は通るのだが、それにしてもなぜ、死ななければならなかったのか、いまとなっては謎は解けない。


 
2021年6月4日


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