老楼快悔 第59話 時代を映す「川柳」「狂歌」「落書」

老楼快悔 第59話 時代を映す「川柳」「狂歌」「落書」


 先般、「川柳」を取り上げたら、ちょっとした反響があり、驚かされた。世相を風刺する「紙訴」(筆者の造語)は、何もいま始まったわけではない。歴史を辿っていくとさまざまな作品にぶつかる。
 安政7年(1860)3月3日朝、幕府大老井伊直弼が桜田門外で水戸浪士らに襲われ、首を討たれた直後に壁に張り出された「狂歌」。

  九条どのお目が醒めたか井伊きみだ ちんちん掃部(かもん)の首がないぞよ

 九条は公武合体推進派の関白九条尚忠。井伊きみは文字通りの意。掃部はかもんのかみ。
 文久2年(1862)に流行った「ないない尽くし」はコレラ騒ぎを詠んだもので、現代の新型コロナウイルス禍をも連想させる。

  さてもないない つまらない こんどのはしか(麻疹)ハ のがれない しかしいのち(命)にべつぜう(別状)ない どこのおゐしゃ(医者)もひま(暇)がない

 明治2年(1869)1月5日、新政府参与の横井小楠が京都の寺町通丸太町の路上で頭巾姿の6人組の浪人に襲われ、惨殺された。張り出された「落書」を1首。

  よこいばる 奴こそ天はのがさんよ さても見ぐるしい きょうの死によう

 横井は熊本藩士で思想家。平四郎は本名。よこいは横井、のがさんよは参与、見ぐるしいは、位階の四位にひっかけたもの。
 「明治十四年の政変」をきっかけで国会開設が約束され、自由民権運動が高まりだす。その頃「オッペケペー節」が歌われた。

  権利にこうふく(幸福)きら(嫌)いなひとは 自やうとう(自由湯)でものませたい

 富国強兵が叫ばれ、日清・日露戦争に勝利したわが国は、世界の強国にのしあがっていく。大正から昭和へ。まだまだ貧しいけれど、平和な日々。

  靴磨き五分間だけ王座なり/百姓は通る列車が時計なり/カフェーの桜は散らず金が散り

 やがて軍靴の音が高まりだす。一銭五厘の赤紙、すなわち召集令状が家庭に届きだす。

  標的になれと召集状がくる/我が青春一銭五厘に奪われて

 軍部が大学にも介入しだす。「京大事件」が起こり、学生は軍歌「戦友」の替え歌を歌ってウサ晴らし。

  ここはお江戸を何百里 離れて遠き京大も ファッショの光に照らされて 自治と自由の石のした

 治安維持法が公布された。庶民の暮らしにも暗い影が落としはじめる。

  私まで及ばぬものと共謀罪/観劇にオペラグラスもはばかられ/足音で二つに割れる影ぼうし

 日中戦争勃発。川柳作家の鶴彬(つるあきら)はこう詠む。2句目(昭和12年の作)の句で逮捕。

  銃剣で奪った美田の移住村(満州)/手と足をもいだ丸太にしてかへし

 昭和16年(1941)12月8日、太平洋戦争に突入した。愛国行進曲「見よ東海の空明けて」の替え歌が凄い。東條とは時の内閣総理大臣東条英機を指す。

  見よ東條の禿頭……(見よ父ちゃんの禿げ頭……)

 昭和18年(1943)1月7日、タバコ値上げに。「紀元二千六百年」の替え歌が大流行する。

  金鵄上がって十五銭 はえある光 三十銭 いまこそきたるこの値上げ 紀元は二千六百年 ああ一億の民は泣く

 昭和20年(1945)8月15日、敗戦。荒廃と挫折の中から立ち上がる人々。

  ぼろを着て本音できょうも生きている

 そして現代――。虚偽保身罷り通って国滅ぶ とおののいていたら、 戦争の愚かさ嗤うコロナ菌
 川柳には世相を風刺する鋭さがある。思わず胸突かれたり、にやりとさせられたり……。こうした「紙訴」こそ、その時代を生きる庶民の感性を凝縮されたもの、と思えてならない。
















 
2020年6月12日


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